席を譲るという行為│一歩立ち止まる気づきと、断られた時のスマートな対処法

1 私の「先回り」の気遣いが奪ったもの
- 1.1 親としての反省
- 1.2 管理職としての反省
2 席を譲る際の「声かけの躊躇」とスマートな対処法
3 「行動」の質を高める、二つの軸
- 3.1 軸 1: 行動の「タイミング」先回りを手放す勇気
- 3.2 軸 2: 行動の「目的」相手の心理的負担をゼロに

先日、遠方に住む娘に誘われ、夫と三人で食事に出かけた日のこと。それは私にとって、家族の温かさ、そして日頃の自分の行動を深く見つめ直す、貴重な時間となりました。

賑わう日曜日のランチ。予約していた店は、電話で呼び出されてもなお、待合席で待たなければならないほどの混雑ぶりでした。私たちは店内のベンチ式の待合席に腰を下ろし、談笑していました。

しばらくすると、一組の親子が店に入ってきました。杖をついた80代くらいのお母さんと、その息子さんです。息子さんが予約の手続きをしている間、お母さんは所在なげに立っていました。

その時、私の口から、ほとんど無意識に言葉が出ていました。

「よろしかったら、どうぞお座りください」

何の迷いも、計算もなく、ただ自然に体が動いたのです。

私が声をかけると同時に、隣に座っていた娘が、そして夫も、すっと席を立ちました。まさに一瞬の出来事でした。

ご年配のお母さんは、私たちの突然の行動に、かえって**「あら、そんな、申し訳ないわ」**と、大変恐縮した様子でした。譲った私たちに気を使わせてしまったことに対し、私は一瞬、胸がチクリと痛みました。

娘と私は、空いていた椅子に座り直し、そのお母さんの隣になりました。

数分間でしたが、私は、お母さんと和やかに雑談を交わしました。

私の「先回り」の気遣いが奪ったもの

この一連の出来事の中で、私が最も反省したのは、自分の**「先回り癖」**です。

親としての反省

席を譲るという行為は、悪い行動ではないのかもしれません。しかし、声を上げた後、すぐに席を立った、娘や夫の様子を見て、私は気づきました。

きっと、娘も夫も、同じように「席を譲ろう」と考えていたに違いない、と。

医療従事者でもある娘は、日頃から高齢者や社会的弱者への配慮を自然にできる心を持った女性です。夫もまた、私が声を上げる前に立ち上がってくれたのですから、彼もまた同じ思いだったはずです。

それなのに、私は何事も「待たずに済ませたい」「早く解決したい」という、日頃の自分の行動パターンそのままに、「先回り癖」を発動してしまい、彼らの善意の発露の機会を、瞬時に奪ってしまったのではないか、と感じたのです。

ましてや、こちらが善意で行ったはずの行動が、３人が席を立ったことで、相手に「申し訳ない」という気遣いの負荷を与えてしまったことにも、深く反省しました。

管理職としての反省

会社でも、私は常にそうだと思います。会議では誰よりも早く意見を出し、資料は言われる前に準備し、問題が起きれば、瞬時に解決策を提示する。周囲からは「仕事が早い」「気が利く」と評価されることも多いこの「先回り行動」は、私という人間を形成する大きな柱でした。

しかし、この日の出来事は、私に問いかけます。

「その先回りは、本当に最善の選択か？」

「先回り」は、一見すると効率的で親切な行為に見えますが、**「相手の成長の機会」や「周囲との協調の機会」**を奪ってしまう可能性があります。また、今回の席を譲る件のように、相手に余計な気を使わせてしまう「拙速な優しさ」になってしまうこともあるのです。

私は、この経験を通して、「行動する前に一拍置く」ことの重要性を痛感しました。

周囲の意図を汲む： 娘や夫が、どんな行動を取ろうとしているのか。彼らの優しさを、私が先んじて消してしまってはいないか。
相手の気持ちに立つ： 席を譲られた人が、どう感じるか。「気まずさ」や「借り」を感じさせない、スマートな譲り方を考えるべきだった。
「任せる」勇気を持つ： すべて自分でコントロールしようとせず、時には他者の優しさや能力を信じて、あえて一歩引いて「任せる」勇気を持つこと。

この「一歩立ち止まる」勇気を持つことが、真のチームワーク、そして真の**「配慮の連鎖」**を生むのだと、悟りました。

席を譲る際の「声かけの躊躇」とスマートな対処法

席を譲るという行為に関して、もう一つ、多くの方が抱える葛藤があるのではないかと感じています。それが、「声をかけて断られるのが嫌で、なかなか行動に移せない」というものです。

善意から声をかけたにもかかわらず、「大丈夫です」「結構です」と断られてしまうと、私たちは心に小さな傷を負います。「余計なお世話だったかな」「相手を不快にさせてしまったかな」という、自己嫌悪にも似た感情が湧き上がります。この**「心の保険をかけてしまう」**心理こそが、私たちが行動を躊躇する最大の理由です。

しかし、私たちは知っています。声をかけられた側が断る理由の多くは、**「相手に迷惑をかけたくない」「大袈裟にしたくない」「まだ自分は大丈夫だと思いたい」**という、相手への配慮や自尊心からくるものである、ということを。

声をかける側の私たちに必要なのは、この**「断られても傷つかない」**ための、**スマートで、相手にプレッシャーを与えない「声かけの技術」**です。

ここからは、相手の心理的負担を最小限に抑え、もし断られても双方が清々しい気持ちでいられるための、いくつかの対処法を提案します。

「決断」を押し付けない表現を選ぶ

多くの人が拒否反応を示すのは、「あなたのために席を譲りますから、座りなさい」という、半ば強制的な決断を促す言い方です。

【NG例】「どうぞ、こちらの席に座ってください」

これだと、「座る」か「断る」かの二択を迫ることになり、相手は「断って申し訳ない」という罪悪感を抱きやすくなります。

【スマートな声かけ】

「もしよろしければ、お使いになりますか？」
「立ってお辛いようでしたら、無理せずお声がけくださいね」

このように、相手に選択権と決定権を委ねる言い方をすることで、「今すぐ座らなくてもいい」「後で判断してもいい」という余裕を相手に与えられます。これは、**「気遣いのオファー」であって、「善意の押し付け」**ではないことを明確に示します。

「場所」を譲る、自分を消す

相手が「気まずい」と感じる原因の一つは、「席を譲ってくれた人」と「譲られた人」という、強い役割関係が生まれてしまうことです。特に、座り直した私たちが目の前にいると、お母さんが恐縮してしまったように、気まずさが増します。

【スマートな対処法】

席を立つ際に、相手の視線に入らないよう、静かにその場を離れる。
**「ここは空けておきますね」**と言い、席そのものを「場所」として提供するニュアンスで行動する。
もし可能であれば、一旦その場から離れ、相手が落ち着いてから戻る。

電車やバスなど、交通機関では難しいと思いますので、お店などでの行為に限られてしまいますが、さり気なく離れることも「あり」です。

今回の私のように、隣に座り直して雑談するのは、結果的に心が通じたからこそ成立しましたが、一歩間違えれば**「見張られている」というプレッシャーになりかねません。譲る行為を「無償の奉仕」**として完結させ、自分の存在を消すことで、相手は気兼ねなく席を利用できるようになります。

断られても、笑顔で「感謝」を伝える

もし声をかけて「大丈夫です」と断られたとしても、「善意を受け取らなかったこと」に罪悪感を抱かせてはいけません。

【スマートな対処法】

**「そうですか。何かありましたら、いつでもお声がけください」**と、相手の返答を尊重し、穏やかな笑顔で応じる。

ポイントは、**「感謝」を伝えることです。あなたが声をかけてくれたことは、「気にかけてくれている」という安心感を与え、その安心感に対して、こちらが「その心遣いをありがとう」と返すのです。これにより、「声をかけた側の私」と「断った相手」の間に、「お互いを尊重しあう」**という新しい関係性が生まれ、双方が不快感なく、その場を過ごすことができます。

この「断られても笑顔」でいることが、結果的に次に声をかける時の**「心の保険」**となり、躊躇をなくす最良の対策となります。