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私たちの職場には、今日も多様な「呼び方」が飛び交っています。
上司が部下を「〇〇君」「〇〇ちゃん」と呼ぶ。同僚同士でニックネームを使う。そして、私のように、年次や性別に関係なく、全ての人を「〇〇さん」と呼ぶ者もいます。
一見、些細なこと。しかし、この「呼び方」こそが、その組織が持つリスペクトのレベルや心理的安全性を測る、最も鋭い指標であると私は確信しています。
「親しき仲にも礼儀あり」という言葉がありますが、私はそれを「親しき仲だからこそ、より厳格な礼儀を」と読み替えています。
私は職場で部下であっても「さん付け」を徹底しています。もちろん、役職がある部下は、「○○係長」のように役職をつけて読んでいます。
背景には、単なるマナー以上の、現代のビジネス環境で成功するために不可欠な哲学が根付いています。
本稿では、なぜ「さん付け」を貫くのか、そしてその姿勢に対して上司から受けた具体的な反論と、それに対する私の内なる回答を交えながら、現代における部下の呼び方の最適解を探っていきます。
私の哲学:「さん付け」はリスペクトと感謝の表明
私が部下を「さん」付けで呼ぶのは、**「敬意」と「感謝」**の二つの感情に基づいています。これは、単なる形式主義ではありません。
年齢や経験値の「棚卸し」とリスペクト
私は、どんなに若く、入社したばかりの新入社員であっても、「未熟な存在」として見ません。
新入社員であっても、彼ら・彼女らは、高校や大学、専門学校で数年間、専門知識を学び、幾多の試験や面接を乗り越えてきました。また、社会人になるまでの年数を、彼ら自身の人生において数多くの経験を積み、独自の価値観を構築しています。
私たち役職者から見れば「新人」かもしれませんが、すでに、私たちが知らない最新の知識や新しい時代の感覚、そして私たちには手の届かないスキルや視点を持っている可能性があります。
私の部下は、私の知らない場所で懸命に学び、成長し、努力し、そして私たちのチームを選んでくれた「プロフェッショナルな仲間」です。
「どんなに若い人でも、たくさんの経験をして、職場の仲間となり、自分の知らないことやできなかったことで成長しているのだから、リスペクトの意味を込めて、必ず『さん』付けで呼ぶ」
この信念は、私の「さん付け」の揺るぎない土台です。
公平性とチームへの帰属意識
呼び方を変えることは、無意識のうちに**「差別」や「区別」**を生み出します。
- 「〇〇君」は親しい部下、「〇〇さん」は距離のある部下。
- 「〇〇ちゃん」は可愛がっている部下、「呼び捨て」は気にかけない部下。
このような呼び方の使い分けは、呼ばれた側だけでなく、その様子を見ている周囲の社員にも「上司の評価基準は曖牲的な人間関係にあるのではないか」という不信感や不公平感を抱かせます。
全員を「さん付け」で呼ぶことは、全てのメンバーに対して「あなたは等しく尊重されるべきチームの一員である」というメッセージを明確に発信します。これにより、誰もがフラットな立場で発言できる**「健全な競争環境」と「高い帰属意識」**が醸成されます。
上司の反論と私の内なる対話
ある日の飲み会の席で、私の上司が、私の「さん付け」の姿勢について言及しました。
上司は、私たち部下を親しみを込めて「〇〇君」と呼び続けている方です。その上司が、私に対してこう言いました。
「お前は、皆を『さん』付けで呼ぶけど、他人行儀すぎるんじゃないか?もっと親近感を持った方が、部下はついてくるぞ。」
私はその場で反論はしませんでしたが、その言葉は今でも私の心に残っています。そして、その後も自分の姿勢を変えることはありませんでした。
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「他人行儀」の真意と現代的解釈
上司が言う「他人行儀」とは、おそらく**「親しみの欠如」**を意味していたのでしょう。かつての日本企業では、上司が部下を「君」と呼ぶことで、家族的な一体感や、上司の大きな愛情を示すものだと解釈されていました。
しかし、現代の職場では、この解釈は通用しません。
- 親近感 ≠ 権威の誇示:真の親近感は、呼び方ではなく、日々の指導の質や部下の成果を正当に評価する姿勢から生まれるものです。「君」と呼ぶ行為は、多くの場合、無意識のうちに**「私はあなたより上である」という権威を誇示**しているに過ぎません。
- 対等なプロの関係:私たちは友人ではなく、目的を共有するプロフェッショナル集団です。「親近感」よりも、互いの職務に対する**「信頼感」**こそが重要であり、「さん付け」はその信頼関係を構築するための、最も基本的なマナーなのです。
倫理とコンプライアンスの視点
上司の「〇〇君」という呼び方は、特に女性社員に対する「〇〇ちゃん」という呼び方と並んで、現代ではパワーハラスメントと見なされるリスクが非常に高い行為です。
厚生労働省が定義するハラスメントには、「精神的な攻撃」が含まれます。公の場で、部下を年齢や性別を理由に「君」「ちゃん」と呼ぶことは、相手の人格や尊厳を傷つけ、見下している印象を与える行為であり、職場のハラスメント指針に抵触する可能性があります。
上司が示すべきは「親愛」ではなく「尊重」です。コンプライアンスを遵守し、全ての社員が安心して働ける環境を整備する責務が、私たち役職者にはあります。「他人行儀」と批判されようとも、私はリスクを排除し、公平性を担保するという、役職者としての責任を優先します。
世相の変化と「フラットな組織」の優位性
現代の社会情勢、特にビジネスの世界は、フラットで多様な組織へと急速に変化しています。
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)
現代企業が成長のために掲げるD&Iの理念は、「性別、年齢、国籍、価値観などの多様性を認め、活かすこと」です。
「さん付け」は、このD&Iを体現する、最も簡単で効果的な方法です。男性も女性も、若手もベテランも、国籍が違っても、ただ一律に「〇〇さん」と呼ぶ。これは、誰も排除しない、包摂的な組織文化を築くための、徹底されたインクルージョンの姿勢です。
心理的安全性の醸成とイノベーション
Googleが提唱した「成功するチームの五つの鍵」において、最も重要とされたのが**「心理的安全性」**です。これは「チームの中で、自分の考えや気持ちを、誰に対しても気兼ねなく発言できる状態」を指します。
「君」「呼び捨て」といった呼び方は、常に上司と部下の間に目に見えない壁を作り、部下は「自分の意見を言ったら怒られるのではないか」「生意気だと思われるのではないか」という恐れを抱きます。
一方、「さん付け」で対等なコミュニケーションを確立することで、部下は安心して自分の意見(たとえ上司の考えと異なっても)を表明できます。これが、建設的な批判や斬新なアイデアを生み出し、結果的に組織全体のイノベーションにつながるのです。
最後に:私たちの態度が、職場の未来を創る
「部下の呼び方」は、一人の役職者の個人的な習慣ではありません。それは、私たちが現代社会の倫理を理解しているか、多様性を尊重しているか、そして部下の能力を真に信頼しているかを試すリトマス試験紙です。
私の「さん付け」に対する姿勢は、上司から「他人行儀」と評されても変わりませんでした。それは、これが感情論ではなく、コンプライアンス、公平性、そして組織の成長という、論理的な根拠に基づいた結論だからです。
役職者である私たちは、常に職場の模範でなければならないと考えます。
今一度、皆さんの職場の呼び方が、ハラスメントのリスクを孕んでいないか、チームのモチベーションを下げていないか、そして未来の組織に必要なフラットな関係を築けているかを、立ち止まって考えてみてください。
「〇〇さん」というシンプルな呼び方が、あなたのチームを、信頼とリスペクトに満ちた、生産性の高いプロフェッショナル集団へと変貌させる、確かな一歩となるでしょう。

