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「趣味は何ですか?」という問いが苦痛だったあの日
仕事でも、ママ友との会話でも、趣味の話になることがあります。そんな質問に出会うたび、私はいつも言葉に詰まっていました。
「特にありません」と答えるのは、なんだか人生を無味乾燥に過ごしているようで味気ない。かといって、胸を張って「これが好きです!」と言えるほどの情熱を注いでいるものなんて、何ひとつなかったからです。
世の中のSNSを見渡せば、仕事も育児もこなしながら、ヨガに通ったり、丁寧な手仕事を楽しんだり、「キラキラしたワーママ」が溢れています。それに引き換え、当時の私はどうだったか。
朝、目覚まし時計の音で無理やり体を起こし、朝食の準備と洗濯をさっさと済ませて仕事へ。夕方は保育園のお迎えに滑り込み、夕飯を食べさせ、お風呂に入れ、寝かしつけながら自分も気絶するように眠る……。
「趣味の時間? そんな時間があるなら、1秒でも長く寝かせてほしい」 それが、30代、40代をがむしゃらに駆け抜けていた私の、偽らざる本音でした。
「何か始めなきゃ」という焦りと、重荷になった習い事
けれど、どこかで焦っていたのも事実です。「このまま子供と仕事だけの人生でいいのだろうか」「自分という人間がなくなってしまうのではないか」という漠然とした不安。その不安に突き動かされるように、いくつか「趣味らしきもの」に手を出した時期もありました。
おしゃれなフラワーアレンジメント教室、昔からあこがれていたピアノ教室、キャリアアップも兼ねた英会話の勉強。
どれも最初は「自分への投資」だと思ってワクワクしていました。けれど、現実は甘くありません。仕事でトラブルがあればピアノの練習時間は削られ、子供が熱を出せばフラワーアレンジメントの予約をキャンセルする。ようやく参加できても、頭の片隅では「今日の夕飯は何にしよう」「明日の準備、何が必要だっけ」と家庭のことばかり考えている。
いつしか、楽しむための趣味が「こなさなければならないタスク」に変わっていました。月謝を払っているから行かなきゃいけない、練習しなきゃいけない。その「しなきゃいけない」が、ただでさえパンパンだった私のキャパシティを圧迫し、結局どれも長くは続きませんでした。
そんな自分に「やっぱり私は何をやっても中途半端だ」と、勝手に落ち込んだりもしていました。
週末を捧げた「部活動」という名の修行時代
子供が成長すれば少しは楽になるかと思いきや、小学校高学年から高校生にかけて、また別の試練が待っていました。それが「子供の部活動」です。
土日祝日。本来なら一週間の疲れを癒やすはずの休日は、子供の遠征の車出し、試合の応援、お弁当作りで全て塗りつぶされました。朝の5時に起きておにぎりを握り、一日中外で立ちっぱなし。帰宅すればユニフォームを洗濯機に放り込む。
自分の時間なんて、1ミリもありませんでした。友達からランチに誘われても、「ごめん、その日は試合で……」と断り続ける日々。次第に誘いも少なくなりましたが、悲しんでいる暇もありません。正直なところ、たまに予定が空いたとしても、誰かと会ってお喋りするエネルギーすら残っていませんでした。
「趣味を持つ余裕なんて、この先一生来ないんじゃないか」 そんなふうに思っていた時期もありました。
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趣味がなかった私は、不幸だったのか?
けれど、今振り返って思うのです。 趣味がなかったあの時代、私は不幸だったのでしょうか。
答えは、はっきりと「ノー」です。
確かに自分のための時間はなかったけれど、子供の成長を一番近くで見守ることができた。家族みんなで、試合で勝って一緒に泣き、負けて一緒に悔しがったあの時間は、どんな高価な習い事よりも濃密で、私という人間を形作る大切な一部になっていました。
趣味がない、一人の時間がない、寝る時間さえない。 そんな状況を「可哀想な私」と捉える必要はなかったのだと、今の私なら言えます。当時の私は、ただ全力で「今という季節」を生きていただけ。それは決して不幸なことではなく、むしろ一つのことに没頭していた、尊い時間だったのです。
余白ができた時、楽しみは向こうからやってくる
変化が訪れたのは、子供が大学生になり、家を出て、子育てが一段落した時でした。
突然、ぽっかりと空いた時間。 最初は戸惑いました。何をすればいいのか分からない。けれど、不思議なものです。心と時間に「余白」ができると、かつてはあんなに面倒だと思っていた「外の世界」への好奇心が、自然とむくむくと湧いてきたのです。
無理に探したわけではありません。 自分の考えを整理したくて始めたブログ。 今では見ていただけることが嬉しくて、書くことが大好きになりました。
たまたま耳にした曲に惹かれて、何十年ぶりかに足を運んだライブ。ロックにこんなにはまるとは、思ってもみませんでした。
「知識欲」もどんどん高まっていき、若い頃より学ぶことが楽しくて仕方なくなりました。
それらは、かつての習い事のような「義務感」ではありませんでした。誰に強制されるわけでもなく、ただ「私が楽しいからやる」。そんな純粋な動機で動けるようになったのは、やはり子育てという大きな責任を全うし、自分の中に余裕が生まれたからだと思います。
そして、趣味ができると、驚くほど自然に周囲との繋がりも増えていきました。
かつて「友達とのランチさえ面倒」と思っていた私が、今では新しい出会いを楽しんでいる。
繋がりというものは、無理に繋ぎ止めようとしなくても、自分が自分の人生を楽しめるようになった時に、自然と結ばれていくものなのだと実感しています。

今、頑張っているあなたへ伝えたいこと
もし今、あなたが仕事と育児に追われ、「趣味なんて持つ余裕がない」「自分には何もない」と焦っているのなら、どうか自分を責めないでください。
ランチに行くより寝ていたいと思うのは、あなたがそれだけ毎日を全力で戦っている証拠です。習い事が続かないのは、あなたが今、家族のためにエネルギーを使い果たしているからです。
趣味なんて、今はなくても大丈夫。
いつか必ず、嵐のような日々が過ぎ去り、静かな凪の時間がやってきます。その時、あなたの手元に残っているのは、必死で駆け抜けた日々の記憶と、少しだけ逞しくなった自分自身です。
その時こそ、心ゆくまで「自分のための楽しみ」を探せばいい。 今はただ、毎日を頑張っている自分を、たくさん褒めてあげてください。
美味しいコーヒーを飲む。お風呂で深呼吸する。 今のあなたにとっては、そんなささやかな瞬間こそが、立派な「趣味」であり「楽しみ」でいいのだと、私は思っています。

