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「本当は挑戦したかった。でも、今の私にはどうしても選べなかった……」
先日、私は人生で最も光栄で、そして最も切ない経験をしました。それは、心から尊敬し、背中を追い続けてきた方から「新しいチームに加わらないか」とスカウトの声をかけていただいたことです。
キャリアを積んできた身として、これほど嬉しいことはありません。自分のスキルが認められ、憧れの人に必要とされる。その瞬間、高揚感とともに、新しいステージへ飛び込みたいという熱い気持ちが全身を駆け巡りました。
しかし、現実は非情です。提示された素晴らしい条件と、私の今の家庭環境を照らし合わせたとき、その道を選ぶことは、今の私にはあまりにも大きな代償を伴うものでした。
「やりたい」を阻む、現実という名の壁
何度も夜中にシミュレーションし、夫とも真剣に話し合いました。しかし、立ちはだかったのは物理的・環境的な高い壁でした。
- 勤務地が遠く、家のことや緊急対応が困難になること
- 業務内容は非常に魅力的だがハードで、今の生活リズムが崩壊する恐れがあること
- 管理職として多忙な夫を支え、家庭の平穏を守る役割が求められていること
結果、私はそのスカウトをお断りすることに決めました。納得はしています。今の私にとって、家族との時間は何物にも代えがたい。けれど、心のどこかに「もし、私が自由な身だったら」「もし、環境が違ったら」という、やり場のない「残念な気持ち」が澱(おり)のように溜まっていました。
一番近くにいる人に、分かってほしかったこと
今回の決断をする上で、一番私の心を削ったのは、実は条件の調整ではありませんでした。それは、一番の理解者であってほしかった夫の反応です。
私がスカウトされたことを伝えたとき、夫から返ってきたのは「おめでとう」という祝福でも、「悩むよね」という共感でもありませんでした。 「今の状況を考えたら無理だろう」「家を支えてもらわないと困る」「何歳だと思ってるの」という、どこか当然だと言わんばかりの態度。そこには、私のキャリアに対するいたわりの言葉も、私が何かを諦めることへの申し訳なさも感じられませんでした。
「夫も管理職で大変なのは分かっている。でも、なぜ私のキャリアだけが、当然のように後回しにされるの?」
この「当然だろう」という空気感こそが、ワーママが直面する最も高い壁かもしれません。心が求めていたのは、効率の話ではなく**「君がキャリアを一つ諦めることの重さを、僕も分かっているよ」という承認の一言**だったのではないでしょうか。いたわりがないことで、孤独感はさらに深まりました。

「誠実にお断りする」という最後のプライド
お断りすると決めたとき、私は「どう伝えるか」にこだわりました。 メールやチャットで済ませることもできます。しかし、相手は私が心から尊敬する方です。私の可能性を信じて声をかけてくれた方に対して、機械的な連絡で終わらせたくはありませんでした。
私は**「手紙」を書き、ささやかなお礼の気持ちを添えて**お渡しすることにしました。
言葉では震えてうまく伝えられないかもしれない感謝と、「決して後ろ向きではないけれど、今は選べない」という今の私の状況を、一番正確に、かつ温かく届けられると思ったからです。
【参考:尊敬する方への「お断り」の手紙】
拝啓
〇〇様におかれましては、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。 先日は、身に余る光栄なお話をいただき、心より感謝申し上げます。〇〇様のような尊敬する方からお誘いいただけたことは、私のキャリアにおいて最大の喜びであり、自信となりました。
お話をいただいてから、自分の可能性を信じて挑戦したいという思いで、家族とも何度も話し合いを重ねてまいりました。しかしながら、誠に遺憾ながら、今回はお引き受けすることが難しいという結論に至りました。
理由は、現在の家庭環境にございます。勤務地や業務の責任を考えた際、管理職として働く多忙な夫を支えつつ、生活を維持していくことが、今の私にはどうしても両立し得ないと判断いたしました。
〇〇様の期待に沿いたいという思いと、家族の中での役割の間で激しく葛藤いたしましたが、今は家庭を大切にする時期であると自分を納得させた次第です。
本来であれば直接お伺いすべきところ、書中にて失礼いたします。ささやかではございますが、感謝のしるしを同封いたしました。今回はご期待に沿えず、多大なるご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。 〇〇様の今後ますますのご活躍を、心よりお祈り申し上げます。
敬具
誠実にお断りすることは、相手の期待を裏切ることではありません。相手の好意に対して、最大級の誠実さで応える。それが、プロフェッショナルとしての私の最後のプライドでした。
寂しさは「向上心」がある証拠
もしあなたが、同じような経験をしているのなら「自分で決めたのに、なぜスッキリしないんだろう」と自分を責めないでください。 その残念な気持ちの正体は、あなたの**「向上心」そのもの**です。もっと成長したい、新しい世界が見たいという健全な欲求があるからこそ、それを一度閉じ込めることに痛みを感じるのです。
残念だと思うことは、今の自分に満足せず、未来を切り拓く力がある証拠。だから、そのモヤモヤを否定しないでください。「私はそれだけ今の仕事やキャリアに本気なんだな」と、まずは自分を認めてあげてほしいのです。
そして、夫の態度にモヤモヤしたときは、こう自分に言い聞かせています。 **「私は夫のために諦めたのではない。私が大切にしたい『家族の幸せ』のために、私自身の意思でこの道を選んだのだ」**と。 主体性を自分に戻すことで、少しだけ「やらされている感」から解放されます。
***今はこんな気持ちを大切にします***

「今」は「一生」ではない
ワーママのキャリアは、長い長いマラソンです。 子育ての負荷が高い時期、パートナーの仕事が正念場の時期。人生には、アクセルをベタ踏みできないタイミングが必ずあります。
でも、「今できないこと」は「一生できないこと」ではありません。
今回、私はスカウトをお断りしましたが、その方との縁が切れたわけではありません。手紙に込めた誠実な思いは、きっと伝わっているはずです。 今の場所でさらに実力を蓄え、数年後、家庭の状況が変わったときに、もっとパワーアップした状態で「あの時はありがとうございました。実は今、準備ができました」と言える自分を目指そう。そう決意したとき、胸のつかえが少しだけ軽くなりました。
結びに:選んだ道を、正解にしていく
人生に「絶対的な正解」はありません。 もし無理をして転職していれば、別の苦労や「家族に負担をかけている」という後悔があったかもしれません。
大切なのは、どちらを選んだかではなく、選んだ後に「これでよかった」と思える行動をとることです。
家族のために残る道を選んだのなら、その分、今の環境で圧倒的な成果を出したり、家族との時間をこれ以上ないほど濃密なものにしたりする。そうやって、後から無理やりにでも正解を創り上げていく。
残念な気持ちがあるのは、あなたが真剣に、誠実に生きている証拠です。 その熱量を消さずに、今は今の場所で、最高に輝く準備をしていきましょう。
私たちのキャリアは、ここからまた新しく始まります。共に歩んでいきましょう。

