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帰り道、一人で涙がこぼれたことはありませんか?
「ごめんね…」 働くママなら、一日に一度はこの言葉が頭をよぎるのではないでしょうか。
- 保育園へのお迎えがいつも最後の一人になってしまったとき。
- 小学校から帰った我が子に「おかえり」を言ってあげられず、暗い部屋で一人待たせてしまったとき。
- 仕事の疲れで余裕がなく、せっかく話しかけてくれた我が子に「ちょっと待って!」とイライラをぶつけてしまったとき。
- 幼稚園や学校の行事に出られず、寂しそうな顔をさせてしまったとき。
- 食卓に並ぶのが、手作りではなくお惣菜ばかりになってしまったとき。
私もそうでした。かつての私は「マミーギルト(母親としての罪悪感)」の塊でした。 仕事の帰り道、車を運転しながら、あるいは会社で一人残業をしながら、「私は母親失格なんじゃないか」「子どもたちがかわいそう」と、堪えきれずに涙がこぼれた夜が何度あったか分かりません。
「もっと一緒にいてあげられたら」「もっと丁寧な暮らしをさせてあげられたら」。 上げ出したらキリがないほど、自分を責める理由はいくらでも見つかるものです。
でも、経験した私だからこそ、今その渦中にいるみなさんにに伝えたいことがあります。
「本当に、そんなに罪悪感を持つ必要があるのでしょうか?」「答えはNOです」
「鍵っ子」だった私が、同じ道を選んだ理由

実は、私自身も共働きの家庭で育ちました。
いわゆる「鍵っ子」です。学校から帰り、冷たい鍵を開けて、誰もいない静かな家に「ただいま」と言う。電気のついている、温かいお母さんのいる家に帰れる友達が、うらやましいと思ったことも一度や二度ではありません。
「寂しくなかった」と言えば嘘になります。 けれど、今の私は親を恨んでいるでしょうか? そんな考えは全くありません。
むしろ、私は親と同じ「ワーママ」という道を選びました。 もし私が、働きながら育児をする母の姿を見て「不幸だ」「可愛そうだ」と感じていたら、きっと同じ道は選ばなかったはずです。
私が子供時代に見ていたのは、家事の不備や不在の時間ではありませんでした。 日々の忙しさに追われながらも生き生きと働く母の横顔であり、社会の中で誰かの役に立とうとする父の背中でした。
寂しさを感じた瞬間があったとしても、それ以上に**「自立して働く親の姿」は、幼い私の目に「一人の人間としての誇り」として映っていたのです。**
子供たちが教えてくれた「予想外の答え」
子どもたちが大きくなってから、私は思い切って聞いてみたことがあります。 「お母さん、仕事ばかりで寂しい思いをさせたよね。ごめんね」と。
ずっと抱えていた棘(とげ)を抜くような気持ちでしたが、返ってきたのは、私の予想を遥かに超える言葉でした。
「え? 全然。忙しいのは分かってたし、不満なんて思ったことないよ」
「むしろ、外でバリバリ働いているお母さんはかっこいいと思ってた」
拍子抜けすると同時に、胸が熱くなりました。 私が一人で勝手に作り上げていた「理想の母親像」と、子供が求めていた「私」は、全く別物だったのです。
子供たちは、私が思っている以上にずっと強く、ずっと深く、親のことを理解してくれていました。 彼らが見ていたのは「手作りの夕食があるかどうか」ではなく、**「お母さんが、自分の人生を一生懸命に生きている姿」**だったのです。
「子どもの将来」に投資できるお金は必要
私が子育ての中で感じたことは、子どもの年齢と共に世話をすることは少なくなりますが、お金は考えていた以上にかかるのだということ。
我が家はごく普通の家庭ですので、潤沢な資金があるわけではありません。
共働きをすることで、躊躇なく子どもの望む必要なことにお金を使えるということは、子どもの将来を考える上で、幸せなことだと考えました。
***こんなにかかるんです!***

「完璧な母親」より「幸せな母親」でいよう
ここで、今まさに罪悪感でいっぱいのあなたに伝えたいアドバイスがあります。
私たちは、つい「完璧な母親(パーフェクト・マザー)」を目指してしまいます。 掃除も完璧、料理も手作り、子供の教育にも全力投球。でも、そのためにあなたが笑顔を失い、罪悪感で泣き、いつもイライラしてしまっているとしたら……。
子供にとって、それは本当に「幸せ」なことでしょうか。
子供が一番望んでいるのは、立派な教育や豪華な食事ではありません。 **「お母さんが笑っていること(ハッピー・マザー)」**です。
ママが仕事に誇りを持ち、時には「今日は仕事で失敗して遅くなっちゃった。 晩ごはんはピザにしちゃおう!」なんて笑い飛ばしながら、一人の人間として人生を楽しんでいる姿。 それこそが、子供にとっての最高のギフトであり、「将来こんな大人になりたい」と思えるロールモデルになるのです。
「パーフェクト・マザー」になれなくてもいい。 どうか「ハッピー・マザー」でいてください。
マミーギルトを「エネルギー」に変えるコツ
とはいえ、罪悪感は消そうと思って消えるものではありませんよね。 そこで、私が実践して心がけてきた「心の持ち方」をいくつかご紹介します。
👉「量」ではなく「密度」で勝負する
24時間一緒にいることよりも、帰宅した後の10分間、スマホを置いて、手を止めて、子供の目を見て「今日、どんなことがあった?」と聞く。この「濃密な10分」があれば、子供の心のコップは満たされます。
👉「ごめんね」を「ありがとう」に言い換える
これは私も言いがちでした。今日からすぐに始めることをおすすめします!
- 「遅くなってごめんね」→「待っててくれてありがとう。お母さん、お仕事頑張れたよ」
- 「バタバタしててごめんね」→「協力してくれて助かるよ、ありがとう」
「ごめんね」と言うと、子供は「自分はお母さんを困らせている存在なんだ」と感じてしまいます。でも「ありがとう」と言えば、子供は「自分はお母さんを支えているんだ」という誇り(自己肯定感)を持つようになります。
👉「ママ」以外の顔を見せる
子供に、仕事の話をしてみてください。 「今日はこんな良いことがあったよ」「こんなことで悩んでるんだ」。 一人の大人として接することで、子供はあなたのことを「自分のお世話係」ではなく、「一人の尊敬すべき人間」として見るようになります。

私がちょっと落ち込んでいた時に、幼稚園の息子が「よしよし」と頭をなでてくれたことは忘れることができません。
おわりに:あなたは、もう十分頑張っています
今、このブログを読んでいるあなた。 罪悪感を感じているということは、それだけあなたが「子供の幸せを願っている」という、何よりの証拠です。
あなたが仕事で家を空けている間、お子さんはお子さんなりの世界で、逞しく成長しています。
寂しさにふれるからこそ、人の痛みがわかる子になります。 親が必死で働く姿を見るからこそ、感謝の気持ちや自立心が育ちます。
だから、もう自分を責めるのは終わりにしませんか。
あなたが選んだその道は、間違いではありません。 いつかお子さんが大きくなったとき、きっと私と同じように言われる日が来ます。 「お母さん、かっこよかったよ」と。
たくさん失敗もしたし、うまくいかないことばかりの私が言うのですから間違いありません(笑)
その日まで、肩の力を抜いて。 時々はお惣菜に頼って、掃除もサボって。 あなたが一番あなたらしく、子どもたちと笑っていられる時間を大切にしてください。
私は、頑張るあなたのことを、心から応援しています。
編集後記
この記事を書きながら、当時の忙しい日々を思い出して、少し涙が出ました。
でもそれは悲しい涙ではなく、あの頃の自分を、そして子供たちを「よく頑張ったね」と抱きしめてあげたいような、温かい涙です。
この記事が、今夜も一人で頑張るあなたの心を、少しでも軽くすることができれば幸いです。
