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「もう辞めます」「限界です」「今月で最後にします」
管理職をしていると、こういった言葉を聞くのは、一度や二度では無い方が多いのではないでしょうか。
しかし実際に退職届を提出する人は、その中の何割かに過ぎません。言葉通りに辞める人もいれば、気が付けば1年後もまだ同じ部署にいる人もいます。
私はこれまで経理職や医療事務職で、職員の管理に携わってきました。数字の世界で淡々と業務を進める一方で、「人」と向き合う難しさ、特に「辞めると言って辞めない人」への対応には毎回考えさせられるものがあります。
この記事では、そんな「辞める辞める」と何度も口に出す職員の行動背景や、そのリアルな対応、そしてその中から見えてきた「組織と個人の関係性」について、現場の視点からお話ししていきます。
「辞める」と言う人の3タイプ
職員と面談を重ねていくうちに、「辞める」と言う人にもパターンがあることに気づきました。以下のように分類できると思います。
1. 本当に辞めたいけれど、なかなか決められないタイプ
このタイプは「辞めたい」と心から思っているものの、責任感やタイミング、周囲への影響を考えて踏み切れない人たちです。
辞めると言っているのに行動に移さないのは、「周りに迷惑をかけたくない」という心理が大きいケースも。
2. 辞めるつもりはないが、不満の表現として言っているタイプ
こちらが最も多く見受けられるタイプです。辞める気はないけれど、自分の不満や限界を「退職」というカードで表現する。いわば、心のSOS信号です。
このタイプの人に対して「本当に辞めたいんですか?いつで辞めますか?」と直球で聞くと、意外と「いや、そこまでは…」と濁す場合も多く、見極めが必要です。
3. 周囲への影響を狙っているタイプ
このタイプは少し厄介です。たとえば、「あの人が辞めると言っているらしい」という噂が流れることで、部署の雰囲気を変えたり、待遇を変えさせたりしようとするケース。明確な悪意があるわけではないですが、組織としては警戒が必要です。
「辞める」と言ってから辞めない人が残す影響
「辞める」と言って辞めないこと自体は個人の自由ですが、組織にはいくつかの影響があります。
周囲の士気が下がる
「またあの人が辞めるって言ってる」「どうせ辞めないよ」といった会話が増えると、周囲のモチベーションは確実に下がります。「結局、何を言っても変わらない」という無力感にもつながりかねません。
本当に辞めたい人が動きづらくなる
常に「辞める」と発信している人が職場にいると、静かに本気で辞めようとしている人が、その存在感に押されて行動に移せないこともあります。
「どうせまたあの人が主役になるでしょ?」という空気が、本気の声をかき消してしまうのです。

経理の視点から見た「数字」と「感情」
私は経理として、退職によって発生する「引き継ぎコスト」「採用費」「一時的な生産性低下」といった数値も扱います。一方で、管理職としては「人の気持ちの揺れ動き」にも触れ続けてきました。
「辞めると言って辞めない人」への対応は、単に“言動”だけを見ていても、本質を見誤ることがあります。
数字で見ると、辞めないならコストもかからない、安定している、と判断されがちですが、実はその人が職場にもたらす影響(空気・雰囲気・他人の判断への干渉)は見えない損失です。
それが組織の停滞感や、意思決定の遅れにもつながっていきます。
実際の対応例とその後
ここで、私が実際に経験したケースを2つほどご紹介します。
【ケース①】辞めると6回言って辞めなかったAさん
Aさんは「もう限界です、辞めます」と、数年間で6回も上司や人事に退職の意向を伝えた職員です。
面談を重ねると、実は仕事に強い不満があるわけではなく、「上司との関係性」「自分が評価されていない」という感情のズレが原因でした。
このケースでは、異動を含めたキャリアパスの整理と、本人の希望を言語化するサポートによって、その後の安定勤務につながるものと考えます。現在も同じ部署に勤務しています。
【ケース②】辞めると言って周囲をコントロールしていたBさん
一方、Bさんは明らかに「辞める」と言うことで、業務の負担を軽減させたり、上司に譲歩を引き出したりしていました。
周囲は常に気を使い、負担を分担していたものの、不満が蓄積していたため、チーム全体の面談を実施。最終的にBさん自身の「辞めない理由」が明確にできませんでした。今も気持ちや発言を引きずりながら働いていますが、信頼度は大きく落ちてしまいました。
「辞めるカード」は一時的に効力があっても、長期的には信頼を損なう結果になるという一例です。
「辞める」と言いたくなる心理と、組織ができること
誰しも、仕事がつらいと感じる時期はあります。「もう辞めたい」と口にすることで、少しでも楽になりたい、という気持ちも理解できます。
だからこそ、組織が意識すべきは、**「辞めたいと言う前に相談できる環境」**を整えることです。
- 定期的な1on1ミーティング
- キャリアプランの見直し
- 不満を溜め込ませないフィードバック文化
- 小さなサインを拾う人事の感度
これらが整えば、「辞める」という言葉が“最初の一言”になることは減るはずです。
最後に:その言葉の裏にあるものを、見逃さない
「辞める」と言って辞めない人には、必ず何かしらのメッセージが隠れています。それが自己表現なのか、本音なのか、あるいはただの癖なのか。管理職はしっかりと人事と連携しながら、そこを見極める眼と耳が求められます。
経理としては、「在籍している」という数字を見て安心するのではなく、その人が「どう働いているか」「どれだけチームに貢献しているか」という“質”に目を向ける必要があります。
辞めると言って辞めない人――
その言動の背景を深く掘り下げることで、私たちの職場はもっと風通しよく、もっと成長できる場になっていくのだと思います。

