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「嫌いな上司の不幸」を喜ぶ自分は醜い?┃ブラックな感情の手放し方

仕事・資格

はじめに:今の自分が穏やかだからこそ、ふと顔を出す過去の影

仕事や人生の転機において、転職を経験された方は多いのではないでしょうか。

私自身もこれまでに3回の転職を経験してきました。

スムーズなステップアップもあれば、正直なところ「思い出したくない」ような嫌な辞め方を余儀なくされたこともあります。

理不尽な辞令を発令され、頭が真っ白になり、悔しさと情けなさで胸が押しつぶされそうになったあの日のこと――。

当時はそれでも「社会人としての責任」を果たそうと、ぐっと感情を飲み込み、引き継ぎもしっかり行い、大人の対応で粛々と退職を迎えました。

月日は流れ、おかげさまで現在の職場では、素晴らしい待遇と心温かい人間関係、そして何より深く信頼できる上司に恵まれ、毎日穏やかに仕事をすることができています。

「あの経験があったからこそ、今の幸せがある」

そう思えていたはずなのに、ある日突然、過去の影が心の隙間に飛び込んできました。

前職で私に理不尽な仕打ちをした上司が、私の退職後に体調を崩し、大変な思いをしているという噂を聞いたのです。

「バチが当たった」と感じたあとの、強烈な自己嫌悪

その噂を聞いた瞬間、私の心の中に湧き上がったのは、純粋な心配だけではありませんでした。

正直に白状すると、心のどこかで「人に悪いことをすると、やっぱり自分に返ってくるんだ」「自業自得だ」と思ってしまった自分がいたのです。

ですが、その直後、猛烈な罪悪感と自己嫌悪が襲ってきました。

私は親として、我が子たちにずっとこう教えてきました。

  • 「自分がされて嫌なことは、絶対に他人にしてはいけないよ」
  • 「人にいじわるをしたり悪いことをすると、必ず自分にしっぺ返しがくるんだよ」

そうやって人の痛みや道徳を教えてきたはずの自分が、人の不幸や体調不良に対して「ざまあみろ」に近い感覚を抱いてしまった。

「私って、なんて心が醜い人間なんだろう」 「こんなドロドロした感情を持つ自分が嫌でたまらない」

忘れようとすればするほど、その出来事と自分のドロドロした感情が頭から離れず、ぐるぐると渦を巻いてしまう――。

もし、あなたも同じように「嫌いな相手の不幸をスカッとしてしまった自分」に苦しんでいるとしたら、まずはどうか安心してください。

それは、あなたが過去に受けた「心の傷」が、悲鳴を上げている証拠と、友人が教えてくれました。

友人は心理関係を生業としています。アドバイスをもらいましたので、紹介させていただきますね。

私自身、この感情が負に落ち、気分も明るくなりました。

なぜ私たちは「他人の不幸」にスカッとしてしまうのか?

「他人の不幸を喜ぶなんて人間失格だ」と自分を責めてしまう前に、まずはこの感情が生まれる心理学的な仕組みを知るべきです。

未完了の感情(未消化の傷)が残っているから

仕事で理不尽な対応を受けたとき、あなたは怒り狂ったり、相手を怒鳴り散らしたりしたでしょうか?

いいえ、あなたは「大人の対応」を選んだことでしょう。

感情を押し殺し、業務を滞りなく引き継ぎ、業務に支障をきたすことはなかったはずです。

社会人としては100点満点の素晴らしい対応です。しかし、あなたの「心(感情)」はどうだったでしょうか。

「なぜ私がこんな目に遭わなければいけないの?」 「どうして誰も助けてくれないの?」 「悔しい、悲しい、理不尽だ」

行き場を失ったこれらの強い感情は、消化されないまま、あなたの心の奥底に「未完了の課題」として閉じ込められていました。

私が、前職の上司の体調不良を聞いたときに湧いた「それ見たことか」という思いは、上司の体調不良を喜んでいるというよりも、「あのとき押し殺した自分の悔しさが、ようやく報われた気がした」という、過去の自分の悲鳴だったと、友人は教えてくれました。

正義感と「世界の公平性」を確かめたい本能

人間は無意識のうちに「世界は公平であり、正しいことをした人には良いことが起き、悪いことをした人には悪いことが起きる」と信じたい生き物です。

理不尽な仕打ちを受けたとき、私たちの「世界は正しい場所だ」という感覚は崩壊します。

そのため、相手に不幸が訪れたと知ったとき、「やっぱり世界は正しかったんだ」「悪は報いを受けるんだ」という安心感(正義感の充足)を得ようとしてしまうのです。

「感情」と「行動」は全く別物である

ここで一つ、親として子育てをしてきたあなたに、大切なお話をさせてください。

私は子どもたちに「自分がされて嫌なことは人にしてはいけない」「しっぺ返しがくる」と教えてきました。

でも、ここで混同してはいけないのが「行動」と「感情」の違いだということです。

  • 行動: 相手を攻撃する、嫌がらせをする、直接危害を加える(これはNG)
  • 感情: 湧き上がる怒り、悲しみ、自業自得だと思う気持ち(コントロール不可能)

子どもたちに教えてきたのは、「嫌な『行動』を他人にとっていはいけないよ」ということです。

あなたはどうでしょうか?

相手に対して何か攻撃的な行動を起こしましたか?

嫌がらせメールを送ったり、裏で噂を流したりしましたか?

していませんよね。

あなたは最後まで誠実で、大人の対応を貫いたことでしょう。

心の中にどんな感情が湧き上がろうとも、あなたは「他人を傷つける行動」を一切起こしていません。つまり、あなたは人として教えてきた道徳を、立派に体現し続けているのです。

湧き上がってくる感情は、お天気のようなものです。
土砂降りの雨が降るのを止められないように、心に湧く「黒い感情」を意図的に止めることはできません。

自分でコントロールできない感情に対して「こんな自分はダメだ」と責める必要は、どこにもないのです。

モヤモヤした心の持ちよう・手放すための4ステップ

では、頭から離れないこの嫌な感情と、どのように付き合い、手放していけば良いのでしょうか。
「心を整える4つのステップ」をご紹介します。

ステップ1:湧き出た感情をそのまま認める(否定しない)
ステップ2:感情に善悪のラベルを貼らない
ステップ3:「相手の人生」と「自分の人生」の境界線を引く
ステップ4:今の恵まれた環境に意識を戻す

ステップ1:湧き出た感情をそのまま認める

まず、「こんなことを思っちゃいけない」と打ち消すのをやめてみましょう。

「私はあのとき、本当に悔しかったんだな」 「あんな理不尽な目にあわされて、まだ傷が癒えていなかったんだな」 「自業自得だと思っちゃうくらい、辛かったんだよね」

そうやって、当時の傷ついていた自分を、今の自分が味方になって受け止めてあげてください。

「ドロドロした感情」は、無視されればされるほど大きくなって主張してきます。

「気づいてあげられなくてごめんね」と自分を認めてあげることが、手放すための第一歩です。

ステップ2:感情に善悪のラベルを貼らない

感情に「綺麗」「醜い」「良い」「悪い」はありません。ただ「そう感じた」という事実があるだけです。

「人の不幸を喜ぶ自分=醜い」と決めつけるのをやめましょう。

自分の感情に対して裁判官になるのをやめ、ただの観察者になってみてください。

ステップ3:「相手の人生」と「自分の人生」の境界線を引く

相手が体調を崩したのは、相手の働き方やストレス、ライフスタイルなど、相手の人生の領域で起きた出来事です。

あなたがどう思ったかによって、相手が体調を崩したわけではありません。

逆に、あなたがどれだけ心配しようと、相手の体調が良くなるわけでもありません。

因果応報のルールを決めるのは私たち人間ではなく、もっと大きな巡り合わせのようなものです。

「相手の人生は、相手のもの」として、心の境界線をしっかりと引きましょう。

ステップ4:今の恵まれた環境に意識を戻す

過去の出来事に囚われそうになったら、そっと意識を「今、ここ」に戻してください。

  • 毎日穏やかに働ける現在の職場
  • 信頼できる頼もしい上司
  • 尊重し合える職場の人たち
  • 温かい我が家やご家族との時間

過去の嫌な上司に自分の貴重なエネルギーを奪われるのは、本当にもったいないことです。

あなたが大切にするべきなのは、過去の傷ではなく、「今、目の前にある幸せな時間」です。

最後に:自己嫌悪に陥るあなたは、優しい人

「醜い心を持つ自分に嫌気がさす」

そうやって思い悩むこと自体が、あなたがどれほど誠実で、優しく、思慮深い人間であるかの証明だよと、友人は教えてくれました。

もし本当に冷酷でつむじ曲がりな人であれば、誰かが傷つこうが不幸になろうが、自己嫌悪に陥ることもなく高笑いして終わりです。

あなたは自分の心の中に生まれた「小さな毒」にすら気づき、それを恥じ、正しくあろうと苦しんでいる。

そんなあなたが、醜い人間であるはずがありません。

人間だれしも、心の中に「光」もあれば「影」もあります。 いつも聖人君子でいる必要なんてありません。時には黒い感情が湧く自分も含めて、「人間らしくていいじゃないか」と笑って許してあげてください。

過去の理不尽な経験を乗り越え、今日まで誠実に生きてきたあなたを、どうぞ一番に褒めてあげてくださいね。

今日のこの記事が、私と同じように過去の傷や罪悪感に苦しむ誰かの心を、少しでも軽やかにするきっかけになれば幸いです。

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